ハワイ神話の神々:クーとロノの物語

ハワイ神話

前回のブログ記事では、ハワイ神話の創世神話について紹介した。

今回はその続きとして神々の物語、その中でも四大神クーとロノの神話に焦点を当てていきたいと思う。

尚、今回の記事はYoutubeにて動画でも解説しているため、ぜひそちらもご覧いただけると幸いである。

クーの神話

クーは戦い、農業、漁業、森、癒しなどさまざまな分野を司る多彩な神だ。

今回紹介するのは、クーが人間に身をやつして登場する農業と漁業に関する2つのエピソードである。

農業神クーの物語

ある時、クーは雷鳴とともに地上に降り立ち、自分が神であることを隠して人間たちの村にやってきた。

力強くて体格の良いクーは村人たちに歓迎され、人間の女性と結婚して二人の子どもを授かった。しかし、クーは正体を家族にも秘密にしていた。

ある時、クーの村で飢饉が発生し、長期間雨が降らず作物が育たなくなってしまった。さらに海の魚や海藻も取れなくなり、村人たちは飢えと渇きに苦しんだ。カフナ(聖職者)たちの祈りも効果はなく、クーの子どもたちも飢えと渇きに苦しんでいた。クーはついに神の力を使うことを決断するが、それは妻子との永遠の別れを意味していた。

クーは家族に自分の正体が神であることを明かし、秘策があると告げて森へ向かった。そこでクーは大地に吸い込まれ、跡形もなく消えてしまった。翌朝、妻はクーが消えた場所から新しい木の芽が出ていることに気づく。その芽は急成長して大きな木となり、ウル(ブレッドフルーツ、パンノキ)の実をたくさん実らせた。ウルの実をお腹いっぱい食べて元気を取り戻したクーの妻は、ウルの芽を村人たちに分け与え、村は飢饉から救われたのだった。

パンノキ(筆者撮影)

漁業神クーの物語

さて、次の逸話はクーの漁業神としての側面をよく表した物語となっている。

この物語においてクーはクーウラという名前で登場するが、どうやら神としての記憶は失っているようで、少なくとも最初は人間として登場する。

クーウラは記憶を失っても漁業心としての力は健在だったのか、マウイ島の首長のお抱え漁師で、魚釣りの達人だった。彼は人々に魚を分け与え、また海辺に大きな養殖池を作っていつでも魚を取れるようにしていたことから、人々の尊敬を集めていた。

ハワイの魚たち(アウラニにて筆者撮影)

しかしある時、養殖池の魚がどんどん減っていく事件が起きた。犯人がモロカイ島に住む巨大ウナギであることを知ったクーウラは、妻の助言に従って息子のアイアイを差し向ける。アイアイは激闘の末、見事に巨大ウナギを退治した。

こうして島には平和が取り戻された…かに思えた。

ところが、巨大ウナギは魂だけの存在に成り果ててもクーウラを憎み続けた。巨大ウナギの魂は故郷のモロカイ島に戻り、自身を神と崇める男の夢に現れて「自分の仇はアイアイだ」と告げた。男は復讐のためにマウイ島に向かい、やがて首長の尊敬を得るに至った。

ある日、復讐者の男は首長の命令でクーウラの元に魚を取りに行く。相手が自信に恨みを抱くとは知らないクーウラは「頭を切り取り、切り身にして塩をふって調理してください」と伝えた。しかし、男は首長に「クーウラはあなたの頭を切り取り、切り刻んでから塩を振るようにと言いました」と伝えたのだ。激怒した首長はクーウラ一家を成敗するように命じたのだった。

…いや、この首長もどうかしている。男がどう伝えたにせよ、状況的に魚の調理法を伝えたのだということは明らかだ。長年人々に尽くしてきたクーウラと、怪物を退治して島の人々を救ったアイアイ。いかに信頼しているとはいえ、ぽっと出の男の言葉を信じて確認もせずにクーウラの命を奪おうとするとは…

家に火を放たれ、死を悟ったクーウラは息子に技と秘密のアイテムを託し、煙に紛れて逃げるよう命じた。アイアイはなんとか危地を脱することができたが、クーウラと妻のヒナは火災で命を落としてしまった。

しかしクーウラもただではやられず、魂となって海に飛んでいくと、魚を遠くに連れて行ってしまったのだった。

一方のアイアイは山に逃れてとある一家に身を寄せていた。ある時、この一家が魚が取れずに苦しんでいることを知ったアイアイは、父親から受け継いだ魔法の石、その名も”クーウラ”を持って一緒に海辺に行った。この石クーウラに向かって祈りを捧げると、たくさんの魚を取ることができた。

アイアイは他の村人たちにも石に祈りを捧げて魚を呼び寄せる方法を教え、村は再び豊富な魚に恵まれるようになった。

これを知った首長は喜んで魚を調理させ、かぶりついた。すると魚が喉に詰まり、命を落としてしまった。漁業神クーウラを害した天罰が下ったのだ。

こうして魔法の石クーウラへの祈りはハワイ全域に広がり、同時に漁業の神クーウラ信仰も広まっていっただった。
 濡れ衣を着せられて命を落としたクーウラだったが、一度人々から魚を奪い取った上で再度与えるという、なかなか巧みな方法で再び信仰を勝ち取ったのだった。

クー神話の考察

農業神クーと、漁業神クーウラの神話。最初に述べた通り、この2つのエピソードは人間に身をやつしたクーがそれぞれの権能を発揮する、という構成となっている。また物語に登場したクーウラの妻ヒナも月の女神ヒナの化身とされている。

ハワイ神話では神々と人間の境界線が曖昧なところがあり、ある場所では神とされているものの、別のエピソードではまるで人間のように描かれることもよくある。これは元々別の物語だったものが、例えばクムリポのような叙事詩やフラに統合される過程で、この神とこの神は一緒、この神とこの人物は一緒、という風に結びつけられ、まとめられていったのかもしれない。

キリスト教も布教の過程で土着の信仰を聖人伝説に取り込んでいるし、ヒンドゥー教の神話でもヴィシュヌが土着の信仰を取り込むことでたくさんの化身を持つ神になっていったということもあり、ハワイ神話におけるクーもまた同様の過程で成立した神なのかもしれない。

そういえばヒンドゥー教のラーマーヤナの主人公ラーマ王子はヴィシュヌの化身だが、自分が神であるという記憶・自覚を無くした状態で人間界に現れている。クーとクーウラの関係性も、似たようなものかもしれない。

そう考えると、クーが戦いと農業、漁業、森、癒し等、さまざまな分野を兼任しているのも複数の神々や英雄を統合した結果ではないだろうか?

ロノの神話

さて、ここまでクーの神話を語ってきたが、次は同じ四大神のロノの物語をご紹介したいと思う。

ロノにはクーの物語とはまたテイストの違う、悲しいエピソードが残されている。

ロノの結婚

ある時ロノは自分の妻に相応しい女性を探してくるよう、2人の弟に命じた。ハワイ諸島中を旅して回った2人はついに、ハワイ島のワイピオ渓谷というところで絶世の美女を発見した。

カイキラニというその美女は、森の中で小鳥と戯れて暮らしていた。まるでディズニープリンセスかのような生活だ。

神からの突然のプロポーズに驚いたカイキラニだったが、そこは四大神にふさわしくイケメンなロノのこと。たちまち2人は恋に落ち、カイキラニは結婚を承諾したのだった。

こうして、ロノは結婚により女神になったカイキラニと共に幸せな結婚生活を楽しんでいた。

…ところが、ロノは結婚生活を楽しみながらも、美しいカイキラニが他の男のところに行ってしまうのではないかという不安を払拭することができなかった。四大神の一角ともあろうロノが、なんと自分に自信が持てなかったのだ。そしてそんな自信のなさから来る不安が、悲劇を招いてしまうのだった。

カイキラニの悲劇とマカヒキ祭

ある日ロノは、村の男がカイキラニへのラブソングを歌っているのを耳にした。

四大神の妻によくラブソングなど歌えたものだ、天罰が怖くないのか、とは思うのだが、ロノはカイキラニが他の男に心移りしたと勘違いしてしまう。激怒したロノは、勢いに任せてカイキラニを殴り殺してしまった。

死の直前、薄れゆく意識の中で、カイキラニは身の潔白を訴え、ロノへの愛を伝えた。これを聞いて妻の無実を知ったロノは愕然とし、激しく後悔したが、一度死んでしまった妻を甦らせることはできなかった。

…まあ次回以降紹介する神話では、もっと下級の神や人間が死者を甦らせたりもしているため、四大神という最高神クラスの神であるロノにその力がなかったのは不思議ではあるのだが。きっと神々にも向き不向きがあるのだろう。

カイキラニの死に悲しみと後悔を覚えたロノは、妻を記念した祭りを創設した。これが現在のハワイにも伝わる祭、マカヒキ祭だ。

ロノが創始したマカヒキ祭(出典:Wikipedia)

新年から4ヶ月もの間、戦争や労働を休んで収穫と休息を楽しむマカヒキ祭。その間もロノは悲しみが癒えず、悲しみと怒りをぶつけるかのように、ハワイ中の強い男たちにあらゆるスポーツで勝負を挑んだ。

それでも悲しみと怒りを発散しきれなかったロノは、自分を罰するためか、妻との思い出が詰まったハワイにいるのが辛くなったためか、白い帆を張った大きなカヌーを作って旅立つことを決意した。

旅立ちの際、ロノは人々にこう告げた。

「私はしばらく旅に出る。でもいつの日か、旅立ったこの場所、ハワイ島のケアラケクア湾に戻ってくると約束しよう」

こうしてロノは旅立った。人々はその帰還を待ち望んだが、二度と戻ってくることはなかったのだった。

ロノの帰還!?その正体は…

しかしこの物語には実は続きがあるのだ。

ロノの旅立ちから時は流れて、1778年の1月。ハワイ島でマカヒキ祭が行われている最中に、白い帆を張った大きな船がケアラケクア湾に上陸した。

「ロノが帰ってきた!」

ハワイの人々は大喜びで船を迎え入れた。やがて降りてきた人物は神話で伝えられるロノの姿そのままに白い肌をしており、ロノの帰還を確信したハワイの人々は、首長と神官がうやうやしく対応し、ご馳走でもてなした。

しばらくの滞在の後、再びハワイを去った白い船。ところが1ヶ月後、嵐に巻き込まれた船はマストが破損してしまったこともあり、再びハワイ島に戻ってきた。

ここで、ハワイ人の間に疑念がよぎりった。

「あれ?神の船なのに嵐で壊れる?おかしくないか?」と。

一度は歓迎した反動からか、疑念によって両者の間には一触即発の緊張が走った。やがてハワイ人の1人が船からボートを盗んだこと、それに対して白い船側が強硬な姿勢を示したことから乱闘が起きてしまう。そしてその争いの最中、”ロノ”と目された人物は命を落としてしまったのだった。

結局、「ロノ」とされた人物は誰だったのか?

そう、彼こそがヨーロッパ人で初めてハワイを発見した探検家、ジェームズ・クック船長だったのだ。

ロノに起源をもつマカヒキ祭の最中、ロノが旅立った場所にロノのカヌーと同じ白い帆を張った、ロノと同じ色の肌をしたクック船長が上陸する。

恐ろしいほどの偶然が重なってハワイ人がクックをロノと勘違いし、クックもそれを利用した上で、不運な事故をきっかけとして起きてしまった悲劇。

スター・ウォーズⅥの”ジェダイの帰還”でも、C3POを神と勘違いしたイウォーク族を味方につけた反乱同盟軍が帝国に勝利するという描写があったが、あれもルーク・スカイウォーカーのフォースがなければクック船長の二の舞となっていたかもしれない。

いずれにせよ、このようにしてロノの神話は後々の歴史にも大きな影響を与えてしまったのだった。

終わりに

世界を創造した偉大な神々の一角であるクーとロノ。

そんな彼らだが、人間と同じように恋し、怒り、騙し騙されるという、親しみの持てるキャラクターをしているのだ。この点、ギリシア神話や北欧神話、日本神話ともよく似ており、多神教に共通する神々の捉え方なのかもしれない。

次回は神々の物語として、虹の女神カハラオプナの神話をご紹介したいと思う。

参考文献

『地球の歩き方 ハワイ島 2024~2025 (地球の歩き方C ハワイ南太平洋オセアニア)』 地球の歩き方編集室(2023年/地球の歩き方)


C02 地球の歩き方 ハワイ島 2024~2025 (地球の歩き方C ハワイ南太平洋オセアニア)

『地球の歩き方 ハワイ オアフ島&ホノルル 2024~2025』 地球の歩き方編集室(2023年/地球の歩き方)


C01 地球の歩き方 ハワイ オアフ島&ホノルル 2024~2025

『やさしくひも解く ハワイ神話』 森出じゅん著(2020年/株式会社フィルムアート社)


やさしくひも解く ハワイ神話

『 ハワイの神話 モオレロ・カヒコ』 新井朋子著(2009年/株式会社 文踊社)


ハワイの神話 モオレロ・カヒコ

『 ハワイの神話2 モオレロ・カヒコ』 新井朋子著(2014年/株式会社 文踊社)


ハワイの神話2 モオレロ・カヒコ

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